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2017.3.31

高齢化社会における「意思の尊重」

内閣府の調査によると、2015年10月1日現在、日本における総人口に占める65歳以上人口の割合は26.7%となっており、2060年には、平均寿命は男性84.19歳、女性90.93歳となり、2.5人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上になることが予想されるという。

年を重ねれば、程度の差はあれ判断能力が低下することがあるだろうし、そのことによって不本意な行動をとったり、何らかの不利益を被るということもあるだろう。そのため、法律は成年後見制度というものを定め、後見人が代わりに意思決定(代理、同意、取消し)を行うことで「本人の福祉(保護)」を図ろうとしている。

もっとも、代わりに意思決定をするとはいえ、本人の意思を尊重することが重要であることは言うまでもなく、後見人は「意思を尊重」して職務を行わなければならない(民法第858条、任意後見法第6条)。また、成年後見という法律上の制度以前に、判断能力が低下した人の意思をどのように尊重するかということは、冒頭で述べた社会状況からすれば非常に重要な課題となっているように思う。

この点で、先月、高齢者・障害者委員会の合宿に参加した際に、イギリスのMCA(意思決定能力法、Mental Capacity Act)について学ぶ機会があり、非常に有意義であったので、合宿で学んだことを簡単に紹介しようと思う(なお、以下の内容は、講演して頂いた先生がわかりやすいよう意訳したものを、私なりにさらに要約したものであり、厳密でない部分があるかもしれませんので、その点はご容赦ください。)。

MCAは、意思決定能力(特定の場面で特定の意思決定を自力で行う能力)に欠ける個人に代わって意思決定をし、行動するための法的な枠組みを規定する法律であり(2005 年4 月に成立、2007 年10 月より施行)、イングランド・ウェールズ地方に住む16歳以上のすべての人に適用されている。

MCAは、あらゆる人が自分で決定し、自分の人生を決める権利を持つという基本的視点(本人中心主義)に立ち、以下のような5つの基本原則を定めている(1から3までが意思決定能力がある者の意思決定支援の場面における原則であり、4と5が意思決定能力がない者についての他者による決定の場面における原則となっている。)。

  1. 意思決定能力がないという証拠がない限り、自己決定権がある
  2. 本人に能力がないと結論づける前に、自己決定できるようにできるだけの支援を行う
  3. 単に賢明でない判断をすると言うだけで能力がないとはみなされない
  4. 本人に能力がないと判断された場合、その人のために、あるいはその人に代わって意思決定者が行う行為は、本人の最善の利益のためになされなければならない
  5. 本人の自由の制約は最も少ない方法を選ばなければならない

興味深く思ったのは、これらの原則そのものというより、本人の意思を尊重するために考え抜かれた、これらの原則を実際に適用する際の方法論である。

まず、意思決定能力の有無を判定する際には、本人の脳や精神に影響する損傷や障害があるかどうか(診断的アプローチ)に加え、その損傷・障がいが原因で当該意思決定ができないかどうか(機能的アプローチ)、という二重のアセスメントがなされるという。
理解、記憶保持、比較検討、表現のどれか一つでも欠ければ、意思決定能力が無いと判定されるが、MCAは、上記2の第二原則から、本人が自己決定するためのベストチャンスを与えられているか――(ア)環境はふさわしいか、決定を議論するのに適切な時期か、(イ)十分な時間をとって十分な情報や明確な選択肢が与えられているか、(ウ)写真や映像等、本人が理解しやすい形で情報提供されているか、(エ)利益、不利益、予想される結果(見通し)を議論しているか――について自問自答することを要求し、機能面から本人の意思を最大限尊重しようとする。
例えば、医師の診断書があったとしても、本人が落ち着いて考えることのできる時間帯と環境を考慮し、記憶保持・表現がしやすくなるような支援ツール等を活用した上でのチェックがなされたとの証拠を提示できなければ、意思決定能力がないという判断はなされない。
合宿では、「Talking Mats」というコミュニケーションツール(テーマ、指標、選択肢をカードの形でビジュアル化したもの)を用いて、認知症高齢者の在宅生活におけるニーズを探る、言葉の出ない自閉症の人の休日の過ごし方の希望を探るなどのロールプレイをするとともに、様々なコミュニケーションツールが紹介され、そのようなツールを活用することで相手の意思をより的確に把握できる可能性を感じることができた。

また、上記4の第四原則の「最善の利益」を判断する際には、(a)本人自身が最善の利益を判断する過程に参加・関与できるように促すこと、(b)決定に関わるあらゆる状況を考慮すること、(c)本人の価値観(要望・感情・信仰等)を見極めること、(d)本人の年齢、容貌、様子や行動などからの思い込みによる決定を避けること、(e)本人の意思決定能力の回復の可能性を考え、緊急でない限り本人の意思決定を待つこと、(f)生命維持装置に関する意思決定については、本人の生活の質に関する推測をしてはならず、本人に死をもたらしたいとの動機に動かされてもならない、(g)本人に関わる適切な人物に接触し、本人に関する情報を取得すること、(h)本人の権利制限をできるだけ避けること、というチェックリストがあるという。
ここでもやはり、本人の意思を尊重するための方法論が掲げられており、参考にすべき点が多いように思う。

さらに、意思決定能力を欠くものの、家族や友人などの適切な相談相手がいない者について、本人の希望や価値観を代弁し、「最善の利益」の判断において最大限考慮されるよう働き掛けるIMCA(独立意思代弁人、Independent Mental Capacity Advocate)もある。
IMCAには、本人と1対1で会う権利や、当該決定内容に関する情報へのアクセス権(医療記録、教育記録、刑事記録等)、提出した報告書の内容が最善の利益の決定において十分に考慮される権利、MCAの趣旨に反する内容の決定がなされた場合の異議申立権などが付与されており、意思の尊重について人的な支援を受けることが法律上制度化されている。

以上で見てきたとおり、MCAは、本人の意思の尊重をどのように実現するかを考える際に参考になる様々な考え方や方法論を提供している。実践するのは大変なことかもしれないが、周りからは賢明な判断ができない・していないとされている人に対しても、安易に判断能力がないと決めつけず、「意思の尊重」をできうる限り実践する知恵を身につけたい。

韓 泰英